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90年代末のレイヴ・カルチャー誌『zavtone』

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1990年代後半、出版文化は一種の「多産多死」の時代にあり、DTP(デスクトップ・パブリッシング)の隆盛も相まって、実験的な雑誌も次々と世に送り出されていた。レイヴ・カルチャーの盛り上がりの中で産声を上げた『zavtone』も、まさにその過渡期を象徴するメディアだったのだろう。誌面を開けば、トランスやサイケデリックといった音楽を軸にしつつも、ナノテクノロジー、DNA、ガイア理論、そしてシャーマニズムといった言葉が渾然一体となって飛び交っている。 読むことに困難さを感じるほどにヴィジュアルが前景化した雑誌ではあるが、頑張っていくつか読み解いていくと、当時の時代的な試行錯誤が浮かび上がる。たとえば、谷崎テトラ氏は「Grounding Music diary」を連載し、ワークショップ参加やイベント主催といった体験を通して時代の変革を論じた。また、高橋徹氏による連載「I-Ching(易経)and DNA code」は、東洋の象徴体系と最先端の生命科学をあえて言えば強引に結びつけ、当時の「ニューエイジ」的な潮流を象徴するような論を展開している。いずれの書き手も、80年代に一度消費された「ニューエイジ」を相対化しようと試みているが、四半世紀が経過した今となっては、むしろそれら自体もある程度純度のあるニューエイジ的言説として映る。 さらに、半田広宣氏による「プレアデス次元からオリオン次元へー2103 :THE DAY GOD SEES GOD」は、チャネリング体験を独自の空間認識や物理学へと昇華させた「宇宙論(独自のヌーソロジー思想)」の初期衝動が詰まった論考だ。高橋氏や半田氏については、その著書をアマゾンなどで検索すれば、彼らが、当時の精神世界サブカルチャー系統であることがうかがえる。 『zavtone』とは、まさにこうした言説が、エレクトロニック・ミュージックのパーティーカルチャーとともにパッケージされた雑誌だった。同誌は2000年3月刊行の14号で最終号となったが、そこに刻まれたある種のカルチャーは、そのビジュアルと共に独特の光を放っている。 zavtone ver.8 - EARTH 特集テーマ EARTH 主な内容 Mothership Earth / Galactic Dreamspell / Ceiba Foundation / ZEN se...

アーバン・トライブと非言語的共鳴

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前回は1990年代末、つまり20世紀末におけるサイケデリック・トランスを中心としたカルチャーの一端としてフライヤーを紹介した。レイヴ・カルチャーは、もちろん音楽とダンスを楽しむことを追求するものではあるが、一方で、それを社会的な思想潮流として捉える側面もあった。 たとえば、上野俊哉氏の『アーバン・トライバル・スタディーズ』がある。この本は2005年に出版された書籍であるが、1990年代からの上野氏自身の思索とレイヴ・カルチャーでのフィールドワークが元になっている。 実際、上野氏は1995年12月号の『ユリイカ』特集「サイケデリア」において、すでに「弱い繋がり」による社会運動の方法論について、オランダにおける「プロヴォ」運動を例に紹介している。アーバン・トライバル(都市の部族)という概念は、おそらくこの論の延長線上にあったのだろう。 『ユリイカ』1995年12月号「サイケデリア」 『アーバン・トライバル・スタディーズ』上野俊哉著 2005年刊 「弱い繋がり」としての「部族」 「弱い繋がり」と言う場合の「弱い」とはネガティブな意味ではない。これは、たとえば佐々木俊尚氏が『広く弱くつながって生きる』(2018年刊)などで述べたような、SNSによる緩やかな繋がりや多層的な生き方を積極的に捉える視点と通底している。また、90年代においてはハキム・ベイが『T.A.Z.:一時的自律ゾーン、存在論的アナーキー、詩的テロリズム』(the Temporary Autonomous Zone)で提唱した概念も近い発想と言えるだろう。 逆に言えば、21世紀のインターネット社会で一般化したような「繋がりの形」は、すでに20世紀末のレイヴという現場において、思想的な潮流として先取されていたのである。 上野氏は、レイヴという一時的自律ゾーンを通じて境界をとり払い、互いに弱く結びあう運動の過程を「部族的(トライバル)」と名付けた。そして、精神的境界を取り払う儀式を執り行う「シャーマン」としてDJを見立て、ドラッグ(幻覚剤)の効果もまた、その脱境界を担う装置として捉えた。実際にこの時代、レイヴ・カルチャーはそういうものとして位置付けられていた側面があり、上野氏はそれを著書を通じて報告しているのである。 非言語的共鳴とドラ...

そのようなわけで...

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1997年のレインボー2000にいたのは、「テクノロジーと人間存在の変容」という時代的な変革の場に身を置いていたいという願望によるものだったと前回の文章で書いた。ラシュコフを知らずとも、時代はそういう雰囲気だったのだ。そのようなわけで、1998年夏以降、トランス系のイベントを中心に参加した。以下は、その頃のフライヤーである。その図柄から時代の雰囲気を感じてもらえるかもしれない。例えば、これはコンピュータグラフィックというテクノロジーとオーガニックあるいはシャーマニズムの融合のとしてのサイケデリックの試みだったと言えるのかもしれない。 1998年 7月17日 Equinox強い太陽の月 根の上高原キャンプ場 8月8日 祭夏祭 新宿リキッドルーム 10月31日 FREAKESHOW 六本木TSK-CCCビル 11月2日 ECHO&NYMPH 道志の森キャンプ場 11月7日 VIRTUAL-VORTEX-Vol2 恵比寿LUST 12月5日 VIRTUAL-VORTEX-Vol3 恵比寿LUST 12月13日 祭東京 お台場プリズムスクエア 12月19日 ECHO&NYMPH 八坂村さざなみ荘 1999年 1月16日 NewWorld TOKYO地球家 3月6日 ECHO&NYMOH 八坂村 4月19日 PsychoFamily 渋谷club-asia 4月24日 PsychedelicAtanceParty TOKYO地球家 4月29日 ECHO&NYMOH 道志村 5月8日 RayForKundun 恵比寿ガーデンホール 5月15日 白い宇宙の風 根の上高原キャンプ場 5月28日 DaisyMagicaITour1999jnNijima 新島 6月5日 TheArchaicRevival 長野県南木曽山麓蘭キャンプ場 6月12日 RadianceVol2 梁川ピラミッド 6月26日 ARCADIA 渋谷OnAirEast 7月10日 PsychiFamily 渋谷ClubAsia 7月19日 VisionQuest 横浜ClubHeaven ...